お祝いのプレゼント、ギフト、クリストフルをお探しならギフト&スタイル

クリストフル・ジャパン Christofle 正規販売店

トップイメージ【ギフトアンドスタイル】
スペース【ギフトアンドスタイル】
TOP >> クリストフル >> ヒストリー
クリストフルlogo
クリストフル物語
1830年創業。フランスのシルバーウェアの老舗であるクリストフルは、かのフランス王ルイ・フィリップから注文を受けることにより王室御用達の認定を受け、その後ナポレオン3世からチュイルリー宮殿で催される晩餐会用のテーブルウェアの注文を承るなど、歴史上の著名な人物からの評判により今日では世界各国の大使館、公邸、最高級のホテルやレストランで「卓上の芸術品」として広く愛用されています。純潔のしるしである白く輝く銀のカトラリーは親から子、子から孫へ、世代を渡り受け継がれていくものです。また大切な記念や特別なギフトにシルバーウェアは愛されてきました。
創業以来「創意・伝統・品質」を理念とし、創業者シャルル・クリストフルのモットーである“唯一の品質、それは最高の品質”を忠実に守り続け、常に高品質の製品作りを心がけています。
シャルル・クリストフル氏 製作風景 製作風景
クリストフル 年表 1830年 - 1852年
1830年 宝石商であったシャルル・クリストフル(1805年〜1863年)がクリストフルを創業。
1842年 クリストフル社は英国人ヘンリー、ジョージ・リチャードーエレキンとフランス人アンリ・ド・ルオーから電気メッキの特許を買い取り、ボンディー通りに大きな工場を開く。ここは世界初の電気を使用した工場の一つで、シャルルは、様々な銀細工師のために製作の貸仕事をする。
1844年 電気分解方を用いた銀メッキ金属「クリストフル」の誕生。シャルル・クリストフルはクリストフルの銀メッキ品の品質を保証するために、刻印を押すことにする。
1846年 フランス王ルイ・フィリップが、ノルマンディー城の私邸用にテーブルウエア一式をオーダーする。クリストフルがオルレアン・ファミリーの御用達商品となる。
1851年 ナポレオン三世がチュイルリー宮殿のための食器セットを注文する。ロンドンで初の万国博覧会が開催され、メダルを獲得。その後長く続く数々の受賞の中で、最初の質となる。
1852年 シャルル・クリストフルの甥アンリ・ブイエが国立高等工芸学校を卒業後、会社に加わる。
クリストフル 年表 1853年 - 1869年
1853年 クリストフルはスターング・シルバーの刻印を登録し、150年にわたりスターリング・シルバー、金メッキ、銀メッキのコレクションを提供する。
1854年 西ヨーロッパに於ける国際的な発展を高めるため、ドイツのカールスルーエに新工場を開く。(1921年に閉鎖)
1855年 ナポレオン三世が宮廷の公式納品業者としてクリストフルを選ぶ。
1863年 シャルル・クリストフル死去。息子のピエール・クリストフル(1838年-1907年)と甥のアンリ・プイエ(1830年-1910年)が後を継ぐ。
1866年 ナポレオン三世がクリストフルに金メッキをした銀製食器を注文する。
1867年 パリ万国博覧会で、クリストフルは初めてエマイユ・クロワゾネ(有線七宝)を「ジャポニズム」シリーズの銀食器として発表する。
1868年 クリストフルはノートルダム・ドゥ・ラ・ギャルドの彫刻制作の応募に応じる。これが世界最大の電気メッキの像となる。
1869年 パリ・オペラ座に電気メッキ製の記念像が完成。有名な彫刻家、シャルル・ギュリムが創った高さ9.7m、重さ6tの二つの像は、オペラ座の正面にある。
クリストフル 年表 1873年 - 1897年
1873年 クリストフルはベネチア万国博覧会に参加し、「ジャポニズム」シリーズで名誉な賞を得る。この博覧会で日本の天皇からエマイユ・クロワゾネ(有線七宝)二点の注文を受ける。
1876年 サン・ドゥニに工場を開く。ここは2004年まで存続する。
1880年 パリのメタルアート展示会に際し、彫刻家キャリア-ベリューズのデザインによる逸品「ユニオン・フェ・ル・スュクセ」(連合による成功)と命名されたコーヒーポットを展示。この作品はアール・ヌーボーの先駆け。125年を超え、キャリア-ベリューズのコーヒーポットはオート・オルフェブレリー(高級銀製品)アトリエにて、銀細工のマイスター達により今も手作りされている。
1882年 著名な「インド太守のベッド」の注文を受ける。この作品のために290kgの純銀などが必要とされた。
1883年 オリエント・エクスプレスの銀器一式を手がける。
1893年 唯一のフランス人銀細工師として、アメリカで開催されたシカゴ博覧会に参加。
1897年 パリのロワイヤル12番地に社を構える。1992年に同じ通りの9番地に移転する。
クリストフル 年表 1898年 - 1935年
1898年 アール・ヌーボー様式の作品製作のために、クリストフルは新しい合金ガリアを完成させる。リッツ・ホテルの銀器を手がける。
1900年 ランプ作品「ピヴォワーヌ」発表。アール・ヌーボーの傑作、乳白ガラスのグローブを直接支柱に乗せて作られている。万国博覧会参加。多くの芸術作品の中で、クリストフルは17kgの純銀ミラーと同様に71kgの純銀テーブル飾り皿を展示する。
1917年 ディナンドリー・コレクションを発表。真鍮に金と銀で象眼された緑青銅作品で、この独特のコレクションは1938年まで続く。
1925年 産業装飾芸術展示会に参加。数々の賞を受ける。
1927年 飛行機(ロンドン-パリ間)で初めて乗客に提供する食器を手がける。
1928年 ジオ・ポンティが70年代のデザインフォルムを予示した技付大燭代「フレシェ」を創作する。
1933年 フィンダスタッドが時代を超えたデザインのソース入れ「シーニュ(スワン)」を創作。今日も製作され続けている。
1935年 45,000ピースの食器セットを客船「ノルマンディー」のために製作。
クリストフル 年表 1951年 - 1988年
1951年 第九回ミラノ・トリエンナーレで、ジオ・ポンティの指揮のもと、彼の創作「デザイン」を提示。この年クリストフルは銀細工師「カルデラック」と契約する。彼の数々の作品は、今後クリストフルにとって非常に重要なコレクションとなる。
1957年 ジオ・ポンティ、タピオ・ウイッカーラそしてリオ・サバンティーニによる作品「フォルム・ヌーベル」コレクションを発表。有名なティーセット、コーヒーセット「コモ」を含む。
1960年 プイエークリストフル美術館がオープン。
1970年 フランス大統領ポンピドゥが「マーキュリー」を大統領専用機の食器セットに選ぶ。
1971年 超近代的工業施設をノルマンディ、ヤンビルに創設。銀食器製品のための工場で、年間500万個生産出来る。
1974年 ジャン・ミッシェル・フォロンがクリストフルのために、テーブル・ライター「ポリド・オフクルス」(レーシングカーの中にライダーが仕込んであるデザイン)を含む数々の作品を創作。
1988年 コンコルドに提供。
クリストフル 年表 1989年 - 2005年
1989年 「パースペクティブ」ラインのコレクションを発表。著名なアーティストやデザイナーとのコラボレーションで作製された個数限定の銀食器ピース。
2004年 クリシトフルは国際的に著名なクリエーターと共同制作していく。シルヴァン・ドビッソン(法王ヨハネ・パウロ二世のための典礼品、サッカーワールドカップのための「グローブ」)、ロジェ・タロン「ピラミディオン」、アダム-D・ティハニー「コレクション3000」、クララ・ハンター「エッグ・オブ・ピース」、ガエ・オーレンティ「メトロポリス」コレクション、マーティン・ツェケリー(「ルフレ」コレクション、「テネレ」コレクション)アンドレ・プットマン「ヴァルティゴ」コレクション、ミシェル・オカ・ドナー「パルム」コレクション、ガルースト、ポネッティー「オーヴィッド」コレクションなど。
2005年 アンドレ・プットマンによる初のジュエリー・コレクション「コレクション925」を発表。これにより、創設者シャルル・クリストフルが、良質なシルバー・ジュエリーとアクセサリーのブランド設立しようとしたルーツへ、立ち返ることとなる。今日クリストフルは、ブランドのシルバー精神を強めようと試みる有名なジェエリー・デザイナー、タヘル・シュミリック、アデリン・カシュー、ペギー・ウィンキンなどを集めている。
クリストフル 年表 2006年 - 現在 
2006年
-
現在
既に活躍しているデザイナー、マルセル・ワンダーズ、リチャード・ハッテン、オラーイト、アリク・レヴィに加え、新しいデザイナーのサム・バロン、トニ・グリオ、スイス・ローザンヌの美術学校エカルの生徒達、そしてマチュー・ルアヌール等により、クリストフルの名前は革新と最先端のデザインで有り続けている。
フッター【ギフトアンドスタイル】